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こんにちは♪ ス~ジ~です♪ 

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セブ島での5日間

2004年1月19日(月) セブ島での5日間

サント・ニーニョ
<サント・ニーニョ像>

1月14日(水)~18日(日)、友人と友人の叔父が入院し
ているセブ島へ行ってきました。12月の交通事故で重体
となった友人の叔父は、ミンダナオ島北部の病院に収容さ
れましたが、治療に充分な医療施設が整っていないため、
医師の判断で、空路、セブ島の病院に移送されたのです。

セブ島では、18日(1月第3日曜日)、「SINULOG(シヌ
ログ)」のまつりが開催されました。朝一番の飛行機でセ
ブ島を出発したので、本番を見られなくて残念でしたが、
本番にむけて、まちが盛りあがっていく雰囲気を味わって
きました。

1521年4月、ポルトガルの大航海者フェルディナンド
・マゼランは、1年半にわたる航海の後、セブ島に、たど
りつきました。セブ島の王フマボンは、スペインの宗主権
を認め、王とファナ女王、臣下400人はキリスト教徒の
洗礼を受け、ここにフィリピン最初のキリスト教徒が誕生
しました。そのとき、マゼランが建てた木製の大きな十字
架は、セブ島の人々から、奇跡を呼び、万病にきくと信じ
られ、十字架の一部を削りとって持ち帰る人があとをたた
なかったとか。

また、マゼランがファナ女王に贈った若きイエス・キリス
ト像サント・ニーニョは、幾多の戦火を無傷でくぐりぬけ
、人々から、奇跡の守護神として崇拝されるようになった
そうです。私が、サン・アウグスチン教会に安置されてい
る、宝石で飾られたサント・ニーニョの像を見にいった平
日の午前中も、たくさんの信者が、この像から加護を得よ
うと列をなしていて、人々の信仰の厚さを感じることがで
きました。

「SINULOG(シヌログ)」のまつりのとき、サント・ニ
ーニョの像は、交通規制されたセブ市のメイン・ストリー
トでのパレードの先頭に担ぎ出され、スペイン統治時代の
衣装をつけた女性たちが、そのあとを練り歩き、さまざま
なダンスチームがダンスをくりひろげるらしい。見たかっ
たなぁ~。

まつりにむけて、金曜日から、ショッピングセンターでは
50%OFFのセールがはじまり、夜は、中心部の公園に
屋台が出て、ステージでは「SINULOG(シヌログ)」に
出演する地元の大学のダンスチームの演技やライブ・バン
ドの演奏がくりひろげられ、花火が打ち上げられ、深夜ま
で、大勢の市民で、にぎわっていました。

私の友人と友人の叔父が入院しているセブ・ドクターズ・
ホスピタルも、セブ市のメイン・ストリートに立地してい
ました。友人は
「歩くと左足が痛いし、背中も痛い。夜、うとうとしてい
ると、事故の瞬間がよみがえってきて、目がさめる」
と言いますが、元気でした。
しかし、叔父は、左目の眼球が飛び出て左目の視力を失い
、左膝下の骨が完全に折れ、金属製の人工骨をうめこむ手
術を受けましたが、脚と頭の痛みに耐えかねていました。
「サンキュー、アイム・ソーリー…」、
私が泣く前に、彼の目から、大粒の涙が流れてきて、私は
思わず「サント・ニーニョのご加護がありますように」と
祈りました。

夜は、病院からタクシーで数分の位置にあるアヤラ・モー
ルへ、元気になった友人と、看病に来ている友人の弟、セ
ブ市の大学に通学中で看病を手伝ってくれている友人の従
姉妹を連れていき、ショッピング、食事、ライブ・バンド
、カラオケ、映画を楽しみました。私、カラオケで、レジ
ーン・ベラスケスの「KUNG MAIBABALIK KO LANG」
を歌ったら100点が出て、うれしかった♪ 映画は、フ
ィリピン映画が上映されていなかったので、日本より、ひ
とあし早く公開されている「ロード・オブ・ザ・リング/
王の帰還」を入場料70ペソ(140円)で鑑賞。

帰国の前夜、野外コンサートを楽しんで、宿泊先のシャン
グリラ・マクタン・アイランド・リゾートに戻るためにタ
クシーをさがしていると、美しい花火の打ち上げがはじま
りました。友人と私は、「私たち、いろいろあるけれど、
まだまだラッキーなのかもね」と、うなずきあいました。


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